真夜中に近い時間。

何時だったかは知らないが、綺麗な満月が中天近くに輝いていたから、それは真夜中に近い時間だったと思う。

あの、満月の日に…

俺は、ゾロと、初めて…寝た。













++ under the red moon ++













ゾロが俺を好きだったなんて知らなかった。

ゾロが俺をそういう風に見ていただなんて、知らなかった。

何より、俺自身が男と「寝る」だなんて、考えたこともなかった。

でもそれが現実になってしまえば、今までがどうだったかなんて関係ない。
俺たちが、いつの間にか危険極まりないグランドラインを毎日毎日航海しているという現実と、全く同じ。

海に出ることなんて現実味を持って考えられなかったことと同じ。

色々なものに縛られて、そういうものが無くなった時のことが考えられないように、ゾロが俺を、そんな風に考えていたことなんて…全くわからなかった。

俺が、ゾロのそういう気持ちを知ったのは、アラバスタを出た後だ。

まだ月が細かった。

それから月は何度か満ち欠けをしたのだけど、ついにあの満月の日、俺は、ゾロの全てを受け入れることを決めた。

満月の晩のことと同じように、その月の細かった晩のことはよく覚えている。

水平線近くの低い位置にあった月は、赤みを帯びていて異様だった。
折れそうに細いのに、何か怖ろしい強い力を持つものに見えた。

「あの月…、なんか怖ぇよな。普通じゃない感じ、するよな」

夕暮れ時で、新しい出発と新しい船員の乗船を祝うために1日煮込んでいた特製カレーがひと段落したので、俺は甲板に出て煙草を吸っていた。

そこへのっそり現れたのがゾロだったというわけだ。

「月…?」

「ほら、あそこにあるだろ?マリモの目には映らねぇのか?」

いつものようにからかった相手は、しかし、いつものようにからんでは来なかった。

(…?)

俺が示した月を見ているものと思ってゾロを振り向くと、驚いたことに俺をじっと見ている。
予期せず面と向かって目が合ってしまったことに少なからず動揺した。

「な、なんだよ。なんか文句あんのか?!」

ここで喧嘩を売ってしまったのは条件反射だ。

だがゾロは、珍しくそれを聞き流した。
聞き流して、辺りを見回し、俺を他のクルーからは死角になった船の最後部へと引きずって行く。

「おい、なんだよ…」

「あのな、ちょっと聞け」

珍しいことずくめにゾロは俺とまともな会話をする気らしかったので、俺もなんとなく身構えて、まともに聞こうと思った。

「なんだよ」

「お前、アラバスタでひどい怪我したろ」

「したけど…てめぇ程じゃねーぞ」

何故か沈黙するゾロ。
たまーにまともに話そうとするから、脳みそがついてこないんじゃないか、なんてぼんやり考えた。

「俺が知らないところで、死にそうになっただろ」

「いや、どっちかっていうと、てめぇの方が死にそうだっただろ、俺の知らねぇところで」

また黙りこくるゾロ。どうしたんだ、こいつ。

「すげぇ、心配したんだ」

…そりゃありがとよ、と、いつもの調子で言えなかった。

視線を落としてつぶやくゾロが、ひどく痛めつけられたように見えて。

「お前の存在が、なくなっちまうのかも知れないと、真剣に考えた」

俺の存在…?

「戦いが全部終わっても、そのことが頭から離れねぇんだ」

ポケットに手を突っ込んで、水平線に目をやったゾロ。
俺は咥えた煙草を吸うのも忘れて、この、何気ない仕草が様になる男を見ていた。
3本の剣のシルエットが、計算されたかのようにバランスよく腰の後ろに伸び、その姿勢のまま遠くを見据えるゾロを、かっこいいなぁ、と思ってしまった。

「もしかして、次にああやっててめぇらの命かけて戦うとき、お前が…」

俺が?
またもや黙ってしまったゾロに、続けさせようと口を開いて…止めた。

邪魔してはいけない気がした。
夕暮れ時の不思議な光のシルエットに照らされて、いつもの船が、いつもと違うように見えたから。
他のクルーが見えなくて、この船に乗っているのは俺とゾロの2人だけに感じられたから。

黙って、見ていた。
ゾロの背後の細い月が折れはしないかと恐れながら。

「お前が死んじまったら、俺はどうすればいいんだ、と考えちまってよ」

「…へ?」

なに、言ってんだ…コイツ。

水平線をにらんでいたゾロが、振り返って俺を見た。

「アラバスタで血だらけのお前を見たとき、そう思った。そう思ってから、今まで俺たちがみんな死なねぇでいることは、奇跡に近いことだって、実感した」

これって、まるで…。

「マジにそう思った。そう実感したのは、死にかけのルフィでもなく、ウソップでもなく、ましてやナミの怪我でもねぇ。お前の…血だらけの姿が引き金になって、俺は怖くなった」

これはもしかしなくても…?

「俺が死ぬのがじゃねぇ、お前が死んでしまって、俺の手の届くところから消えちまうってことが…心底ぞっとする思いだったんだ」

こういうセリフって…これって、マジ愛の告白じゃねぇ?!

「それってもしかして」

愛の告白か?!とからかおうとして、はっ、と止めた。

まだゾロの気持ちを知らなかった俺は、コイツ、しゃべりすぎで何言ってんのかわけわかんなくなってんじゃないのか?と本気で思ったからだ。

こんな話はレディにこそ聞かせるべき言葉だ。
大事な大事なレディに、どれだけ自分にとってそのレディが大きな存在か語りかける時にこそ、必要な…。

「? なんだよ?」

今度は俺の方が黙っちまって、ゾロが先を促す立場になった。

「いや、てめぇよ…それ、言う相手を間違えてないか?」

「なんでだよ」

怪訝そうな顔をしてゾロが聞き返す。
だってよ、そういう愛の告白めいた言葉を俺に言っても…

煙草を消しながら考えた。愛の告白とは…限らないよな?
仲間として、失いたくないって気持ちはよくわかるしな…。

「や…、ほれ、いくら仲間が大事でも、そういう言葉はナミさんとかビビちゃんとか…もっと似合う相手がいるだろ?まぁビビちゃんはもうこの船にはいねぇけどよ…」

折れそうな三日月を背後に、ゾロの目は俺を貫くように凝視していた。 そうだ…バラティエで鷹の目と対決したときに初めて見た、コイツの眼差し。それに似た感じだ。

でも、何かが違った。

「お前以外の誰にも似合う言葉じゃねぇよ」

ふ、と伏せられたまぶた。
とても居心地が悪くて、煙草をふかすしかなかった。




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